コラムコラム

「売れそうもない絵本」を出版した理由——資本主義の中で「積極的弱者」は生き残れるのか?

2026.06.30

1.「立派な本」をつくらない

『あめのにおい』が完成して、出版前に紙製の本の試作版を取り寄せたのですが、少しだけ気になったことがありました。本屋さんに並ぶ絵本と比べると、どこか控えめなのです。ハードカバーではなく、ソフトカバー。背表紙もないので、重厚感もありません。いわゆる「立派な絵本」と比べれば、小冊子のように見えるかもしれません。

もちろん理由はあります。制作費をできるだけ抑えたかったからです。きちんと製本されたハードカバーの絵本をつくろうとすると、印刷費だけで1冊あたり2,000円~5,000円かかります。安く本を作るのは難しいのです。そこで、いろいろ調べて、今回はAmazonのKindle Direct Publishing(KDP)をはじめて利用することにしました。

小ロット・在庫なしという方法です。ですが、これは単なるコスト削減が目的というわけではありません。制作を進めるうちに、私の中で別の問いが芽生えてきたのです。

 

「本の価値って、何で決まるのだろう?」

装丁なのか。紙質なのか。価格なのか。それとも、一冊の本が生まれるまでの物語や、それを受け取る人との関係まで含めて、本なのだろうか。

私は、絵本をつくっているつもりでした。でも今思えば、本当につくりたかったのは「本の新しい届け方」だったのかもしれません。

 

2.「売れそうな本」が選ばれる社会

日本の出版業界は、「再販制度」と「委託制度」によって長い間守られてきました。価格は全国一律で、書店は売れ残った本を返品できる。この仕組みがあったからこそ、地方の小さな町でも新刊が読め、日本の出版文化は長く支えられてきました。

 

書店にとっては、客に売るにも返品するのも、本がお金に化けることには変わりない。(中略)もし返品が納品を上回れば、出版社は本当にお金を取次に支払わなければならなくなる。これを避けるためには、返品を上回る納品を作らなければならない。これが新刊点数増大のメカニズムだ。

『本の現場―本はどう生まれ、だれに読まれているか』永江朗

 

結局、この取次経由の流通・取引慣行は、大量印刷・大量流通・大量販売を前提にしています。出版社は編集者を抱え、営業をし、広告を出し、全国へ本を届けます。そのコストを考えれば、「売れそうな本」を選ぶことは、ごく自然な経営判断とも言えます。中身よりも見た目重視。新刊が増えるのも理解できます。

 

だからといって、私は、出版社だけを批判したいわけではありません。むしろ、その仕組みしか存在しなくなってしまうことを心配しています。売れそうな本が増えるほど、「売れそうもない本」は世の中へ出にくくなる。数字にならない本。説明しづらい本。誰か一人にだけ静かに届く本。そうした本は、資本主義の物差しでは測りにくいからです。

 

3.「売れそうもない詩集」を出し続けた人

そんなことを考えていた頃、『ボン書店の幻』という本に出会いました。 昭和初期、小さな出版社を営んだ鳥羽茂の物語です。

 

なぜ書物というものは著者だけの遺産としてしか残されないのだろう。幻の出版社といえば聞こえはいいが、実は本を作った人間のことなどこの国の「文化史」は端から覚えていないのではないか。とすれば、なんとも情けない話だ。ボン書店についてもその活動は何も記録されていないし、資料も残されていない。送り出された瀟洒な書物だけがポツンと残されているだけだ。モダニズムの時代に風花のように舞って消えていったこんな小さな出版社の物語を掘り出してみたいというのが本書の筋書きである。

『ボン書店の幻: モダニズム出版社の光と影』内堀弘

鳥羽のボン書店は、「売れそうもない詩集」を出し続けました。普通の人の目には届かない本たちです。利益だけを考えれば、もっと売れる本をつくればいい。それでも、彼は詩集を出し続けました。

さらに惹かれたのは、「アマチュアリズム」という言葉でした。

 

「我々はバラの花がそれぞれの開花とともに直接にその香気を放つやうに我々の小さな詩集を世に送りたいと思ひます。しかしこの試みはあくまでもアマチュアの楽しみです。」

『ボン書店の幻: モダニズム出版社の光と影』内堀弘

アマチュアとは、プロになれなかった人ではありません。営利を第一の目的にせず、自分が美しいと思うものを世に送り出そうとする態度のことなのだと、この本は教えてくれます。そんな言葉が、80年以上前に書かれていたことに驚きました。

AIが文章を書き、効率や収益性ばかりが語られる今だからこそ、このアマチュアリズムは、むしろ未来の思想なのではないかと思えてくるのです。

 

4.「もの」を「ものがたり」にする

今回、『あめのにおい』をソフトカバーで出版したのは、予算の都合だけではありません。

本の価値を、「もの」から「ものがたり」へ移してみたかったからです。静脈産業である古紙のリサイクル会社が絵本を出版すること。絵本から障害への理解を広める活動をするNPO法人と制作すること。どれもが時間と手間暇がかかることばかりでした。生成AIであれば10分でできる絵本も、今回はいろんなハプニングがあり10カ月を要しました。手書きの水彩画に込めた揺れる感情や記憶は、AIの作品からは感じることが出来ないでしょう。

 

利益を最大化するのではなく、「想像力を循環させる」という目的で届けようとしていること。

そうした背景まで含めて、一冊の本になるのではないかと思いました。

 

『ボン書店の幻』には、「重厚でも立派でもない書物に、人は素敵なものを見たにちがいない」という一節があります。

私は、この言葉に何度も励まされました。

見た目が少し控えめでもいい。

その代わり、この本に関わる人たちの暮らしや思いまで読者へ届けることができたら、本は単なる商品ではなく、一つの物語になる。

そして、その物語は、誰かが別の誰かへ手渡したくなる理由にもなるのではないでしょうか。

 

5.「積極的弱者」という小さな実験

KDPは印税率が高い、とよく言われます。条件次第では35%か70%の印税が選べるようになっています。一般的な書籍では、5~10%くらい。1,000部発行(初版)された場合、1,000円 × 1,000部 × 10% = 10万円が著者に印税として入ってきます。この金額は高いのか、低いのか、みなさんはどう思われますか?

 

けれど私が本当に惹かれたのは、「失敗できること」でした。

大量に刷らなくていい。
在庫を抱えなくていい。
1,000部売れなくても、また次の本をつくることができる。

資本主義は、大きな資本を持つ人に有利な仕組みです。その現実は簡単には変わりません。

 

弱いまま、どう生きるか。

私は、その問いのほうに興味があります。

小ロットでつくる。
在庫を持たない。
本を売るだけでなく、背景にある物語も届ける。
人とのつながりを利益ではなく豊かさとして育てていく。

そんな方法を積み重ねることで、「売れそうもない本」にも居場所をつくれるのではないか。

 

『あめのにおい』は、資本主義に勝つための絵本ではありません。

資本主義という大きな川の流れの中で、一本の小さな支流を掘ってみる試みです。その支流は細く、遠回りかもしれません。でも、小さな流れだからこそ潤せる土地もあります。

もし、この絵本が誰か一人の想像力を静かに動かし、その人がまた別の誰かへ物語を手渡してくれたなら、その循環は売上や部数とは別の尺度で測ることができるはずです。

私は、その豊かさを信じて、「積極的弱者」としてこの「売れそうもない絵本」を世の中へ送り出してみます。

 

(注)大切な人にプレゼントした人や寄贈用のために、ハードカバーの絵本も制作する予定でいます。希望される方は個別に郵送しますが、9月以降になることをご了承ください。販売価格は2,500円くらいになります。詳細は、改めてご連絡いたします。

奥富 宏幸
\この記事を書いた人/ リーダーシップ&キャリアデザイナー

奥富 宏幸 - Hiroyuki Okutomi -