コラム

2026.08.18
昨日、西武文理大学の学生たちが、今年の「サヤマdeシネマ」のチラシを持ってきてくれました。


今年で記念すべき10年目。チラシには大きく「10」の文字。その数字の中をよく見ると、これまでの映画祭のチラシが小さく散りばめられています。10年という時間を一枚の紙の中に折り畳んだような、なかなか粋なデザインです。
チラシを眺めていると、「10年続く」ということについて、あらためて考えさせられました。サヤマdeシネマは、西武文理大学の学生が中心となり、企業や行政、地域の人たちと一緒につくってきた市民参加型の映画祭です。私の会社も、微力ながら毎年協力させてもらっています。
映画祭というと、華やかな上映当日がまず目に浮かびます。
けれど、その一日の背後には、映画を選び、交渉し、会場を押さえ、チラシをつくり、協賛をお願いし、広報をして、当日の運営をするという、たくさんの仕事がある。しかも学生たちは、毎年入れ替わっていきます。
会社なら、10年勤めた人が10年分の経験を蓄積できますが、大学ではそうはいきません。卒業すれば、その人はいなくなる。新しい学生が入り、また一から学び始める。それでも、先輩から後輩へと何かが手渡され、少しずつ形を変えながら10年間続いてきました。
そこに、サヤマdeシネマの面白さがあるように思います。
「文化資産」と聞くと、古い建物や美術品、史跡のようなものを思い浮かべます。
けれど、文化とは必ずしも「もの」だけではありません。
毎年集まってくる人。
学生たちが積み重ねてきた経験。
協力してきた企業や行政との関係。
映画を観た人たちの記憶。
うまくいったことも、うまくいかなかったことも含めた10年分の試行錯誤。
目には見えないけれど、こうしたものもまた、地域に蓄積された資産なのだと思います。
そう考えると、サヤマdeシネマは、すでに狭山市にとってひとつの「文化資産」になりつつあるのではないでしょうか。
ただし、文化資産は、長く続けば自動的に残るものでもありません。
むしろ10年続いたからこそ、見えてきた課題もあります。
地域での認知度は、まだ十分とはいえない。来場者も固定化しつつある。運営面では大学の持ち出しや企業からの協賛に支えられている部分もあり、「これからも続けていく」ための仕組みを、そろそろ考える時期に来ています。
だから私は、10周年を「節目」で終わらせず、「折り返し地点」にできないだろうかと思っています。
これまで大学と学生が中心となって育ててきたものを、少しずつ地域へひらいていく。
学生、市民、企業、行政、図書館、文化施設。
誰かひとりが背負うのではなく、それぞれができることを少しずつ持ち寄る。
そんな形に変わっていけば、「大学の活動」から「地域全体で支える文化事業」へと、もう一段階ひらいていけるのではないかと思います。
そのとき、映画祭そのものの意味も変わってくるかもしれません。
「映画を観る場」から、
「映画をきっかけに、人と人が出会い、対話する場」へ。
たとえば、上映前に、その映画のテーマにつながる本を読む読書会を開いてみる。
上映後には、感想を持ち寄って対話する。
映画から受け取ったものを、学生や市民が文章や絵にしてZINEをつくる。図書館には関連する本が並び、文化施設では映画につながるアートを展示する。
映画を一本観て終わりではなく、その一本から別の場所へ線が伸びていく。
本へ。
アートへ。
環境へ。
教育へ。
まちづくりへ。
映画というメディアは、もともといろいろなものをつなぐ力を持っています。
スクリーンを真ん中に置いて、その周囲にさまざまな活動が生まれていったら、サヤマdeシネマは「映画祭」という枠から、少しはみ出していくかもしれません。
その「はみ出し」が、狭山らしい文化をつくっていくような気もしています。
企業との関係も、少し変えられるかもしれません。
地域イベントに企業が協賛する。
もちろん、それだけでも大切なことです。
でも、「協賛する側」と「協賛される側」という関係だけでは、どうしても一方向になってしまいます。
企業には、人がいる。技術がある。場所がある。地域とのネットワークがある。そして、次の世代を育てたいという思いを持つ会社もあります。
だとすれば、企業も単なるスポンサーではなく、学生の学びや人材育成を一緒に支える「地域のパートナー」として関われるのではないでしょうか。
学生にとっても、映画祭をつくることは、映画について学ぶだけではありません。
知らない大人に電話をする。
企画を説明する。
協力をお願いする。
意見の違う人と調整する。
失敗する。
また考える。
大学の教室だけでは得にくい、ずいぶん豊かな学びがあります。
企業にとっても、若い世代と一緒に何かをつくることは、地域貢献という言葉だけでは括れない経験になるはずです。
もうひとつ、面白いと思っているのが「卒業生」です。
学生が毎年入れ替わることは、活動を継続するうえでは弱みに見えます。
けれど、見方を変えてみる。
10年間でサヤマdeシネマに関わった学生たちは、卒業後、さまざまな会社や地域へ散らばっているはずです。
つまり10年間という時間は、同時に「人のネットワーク」を広げてきた時間でもあります。
その人たちが、ときどき狭山に戻ってくる。
現役の学生と話す。
仕事で得た経験を次の世代へ渡す。
あるいは、遠くにいながらサヤマdeシネマを応援する。
そうなれば、「卒業」は関係の終わりではなくなります。
毎年人が入れ替わるからこそ、年々ネットワークが外へ外へと広がっていく。
これは、学生が中心になってきた映画祭だからこそ持てる、かなり面白い資産なのではないでしょうか。
そんなことを考えていると、答えよりも、いくつもの「問い」が浮かんできます。
サヤマdeシネマは、「誰の」ものなのだろう?
学生のものなのか。
大学のものなのか。
観客のものなのか。
協賛する企業のものなのか。
行政のものなのか。
それとも、狭山という地域のものなのか。
映画を上映した先に、どんな「関係」が生まれてほしいのだろう?
「関係」という言葉を、「感情」や「意味」や「文化」に置き換えてみてもいい。
一本の映画を観た人の中に、何が残ったら、この映画祭を開いた意味があったといえるのだろう。
そして学生たちは卒業するとき、次の世代へ「何を」手渡したいのだろう?
マニュアルやノウハウだけではないはずです。
言葉にならない感覚。
一緒につくった仲間との記憶。
失敗した経験。
地域の大人たちとの関係。
自分たちで何かをつくったという手応え。
そういう目には見えないものを、どうすれば次へ渡していけるのか。
さらに考えてみたいのが、
「狭山市だからこそ」できる映画祭とは何か?
という問いです。
全国には、たくさんの映画祭があります。
だから規模を競う必要はないし、有名な映画祭の真似をする必要もない。
狭山には狭山の人がいて、風景があり、産業があり、歴史があり、お茶があり、企業があり、学校がある。
その土地にすでにあるものをつなぎ直していけば、ほかのまちではできない映画祭の姿が見えてくるかもしれません。
文化資産というと、「大切に保存するもの」という印象があります。
でも、本当は少し違うのかもしれません。
残したいものがあるからこそ、変える。
受け継ぎたいものがあるからこそ、新しいものを加える。
文化とは、そうやって何度も編集されながら続いていくものなのだと思います。
サヤマdeシネマの10年間も、完成した物語ではありません。
むしろ、ここまで積み重ねてきたものを素材にして、次の10年をどう編集していくのか。
何を残すのか。
何を加えるのか。
何をやめるのか。
誰とつながるのか。
学生だけで考えるのではなく、市民や企業、行政、大学、文化施設など、いろいろな人がそれぞれの立場から問いを持ち寄ってみる。
映画・本・アート・環境・教育・まちづくり。
これまで別々だったものが、サヤマdeシネマという場で少しずつ交わっていく。
そんな文化がこのまちに根づいていったら、ちょっと面白い。
問いから、未来は生まれます。
学生たちが持ってきてくれた一枚のチラシ。
その「10」の中に折り畳まれた過去10年分のチラシを眺めながら、では、その数字の「外側」に、これからどんな風景を描いていけるのだろう。
そんなことを考えています。