コラム
2022.05.26
最近、「ぼけますから、よろしくお願いします。おかえりお母さん」という本を読みました。
映画化もされたので、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか?
認知症になった母の娘が描く愛と涙が詰まった家族の物語です。変わらぬ愛で母を支え続ける姿や著者の介護の苦悩が描かれていますが、どこか心がほっこり温かくなりました。
人生100年時代と言われる中で、親の介護の問題は、多くの人が向き合うものです。私も近い将来、経験するでしょう。本の中で、
「介護は親が命懸けでしてくれる最後の子育て」
という言葉がありました。元気だった親が弱り、記憶も言葉も失っていく。それでも、必死に生きることを通して、
子供に何かを伝えていく
子供も何かを受け取っていく
そんな気がします。
また、お父さんが、
「年寄りにとって『社会参加』というのは社会に甘えることなんじゃのう。わしは気づいたわ。かわいい年寄りになって、何かしてもろうたら
『ありがとう』言うんが、わしらの社会参加じゃわい。」
とおっしゃっていたのが印象的でした。
「社会に関わる」、「社会に貢献する」というと、どこか斜に構えてしまいますが、社会参加の形もいろいろあるのだと思います。自分が直接社会を変革するような取組みに携わることもあれば、そういう人を応援することもできます。応援の形も、人材共有・情報共有・資金提供・言葉がけなどいろいろあります。
もし、あなたが社会のために何かやりたいことがあって、でもなかなか一歩を踏み出せないのであれば、まずは今できることをリストアップしてみることから始めてみませんか?行動すると、見える景色も、関わる人も変わってきますよ。
以前のコラムで、吉藤オリィさんが、OriHime(オリヒメ)という分身ロボットで社会の孤独を解消することを目指している話を紹介しました。ALSなどの病気や寝たきりの高齢者、病気やけがで学校に通えない子どもたちが、
分身ロボットを介して、社会に参加することで孤独を解消しようというものです。
それと似たようなコンセプトで、「注文をまちがえる料理店」というのがあります。「プロフェッショナル 仕事の流儀」などを手がけた元NHKのディレクターの小国士郎さんが手がけたプロジェクトです。注文をとるホールスタッフが
全員認知症の人という期間限定のレストラン。間違えることを受け入れて、一緒に楽しむという新しい価値観を発信するため、2017年6月にスタートしました。
国内だけでなく海外でも高く評価されたのは、そのコンセプトの素晴らしさにあります。
認知症というなかなかオープンに出来ないテーマを、内包しつつ、関わる人が自然と笑顔になる。注文は間違えないのが当たり前という常識を、笑いと思いやりでなくしていく。まさに、逆転の発想です。
間違いをみんなが間違いと思わなくなれば、それは間違いでなくなるんですね。間違いをなくすことが正解ではないんです。
正解というのは、その時に、多くの人が正しいと信じ込まされていることにすぎません。
みんな世間の常識を覆してきました。
間違いから「間」を覗けば、「違い」になります。違いがある、ただそれだけなのに、人は、
「私は正しい。」
「あなたは間違っている」
と自分の価値観を押しつけてしまいます。
「あなたの考えは間違っている。」
「あなたの考えは違っている。」
「間」をとるだけでも、頭に張り付いたイメージが取れるのは不思議です。あるいは、「間違い」を「場違い」と言い換えてもいいかもしれません。
「あなたの考えは、場違いだよ。」と。
間が違う、場が違う、タイミングが違うだけなんですよね。
最後に、・・・
「間」というのは、私たちが生きるために大切なことだと気づきました。
時間
空間
そして、
人間。
こんな風に、私たちが普段「正解」「間違い」と思っているものは、とても曖昧で適当なものだと思っておくと、
もっと自由に、もっと創造的に社会に参加し、人生やビジネスを謳歌できるのではないでしょうか?
わたしたちには、社会参加権があるのです。
それは、
自分でつくるものでもあるし、
みんなで育てていくものでもあるのです。
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