コラムコラム

人間と生成AIの違い

2026.03.27

コロナ騒動でテレワークをはじめ、私たちの働き方が大きく変わりました。その後、AIも日進月歩で進化し、企業における情報管理のあり方も考え直す時代になりました。企業に出入りする情報をどの媒体(紙・電子)で管理するのか、財務情報・営業情報・顧客情報をどのように共有し、活用するのか、試行錯誤されていることと思います。

 

ここで考えなければいけないことがあります。それは、どれだけたくさんの情報を収集しても、その情報にどんな価値を見出すのか、その目利き力と編集力が重要だということ。生成AIを使えば、簡単に議事録や要点をまとめることができます。プレゼン資料などもそれなりのものはできるでしょう。しかしその書いた文章を使って、プレゼンしたり相手を説得させるのは人間です。つまり、文章をつくった人間がその内容を身体化し、シナリオや意志を込めないと、相手にはなかなか伝わりません。さらに、文章をつくった人がその仕事におもしろみややりがいを感じられないというパラドックスも起こるかもしれません。

 

結局のところ、生成AIには思想が欠けているのです。思想とは、「世界をどう見たいのか」「どの見方を引き受けて生きるのか」を選び取ることです。そこには、好みや不安、葛藤など、これまでの経験から染みついた思考の癖が入り込みます。だから思想には、世界をどう理解し、どう編集したいのかという価値観が滲み出ます。生成AIは多様な見方を提示してくれますが、「どれに賭けるか」までは決めてくれません。人間の指示が変われば、コロコロと回答を変えていきます。一方で、人間は迷いながらも自分の考えを信じ、うまくいかなくなれば、また選び直すことだってできます。情報と情報のあいだにある関係に新たな意味や尺度を考えることは、人間の特権ですので、簡単に手放してはいけないのです。

 

博打を打つ、信じ切る、行動する。最近していますか?

奥富 宏幸
\この記事を書いた人/ リーダーシップ&キャリアデザイナー

奥富 宏幸 - Hiroyuki Okutomi -